なんでも一言でいう湊君。イチゴもトマトもマグロもアカ!と呼びます。犬のこともワンワンとは言わないでイヌ!と呼びます。
さて先日、スポーツ観戦をしていて、ある選手が高得点を出し、大喜びして道具を放り投げる場面を見ました。SNSでは「やりすぎではないか」「スポーツマンらしくない」といった声もあったようです。
それを見て、少し考えました。
喜ぶこと自体は、決して悪いことではありません。そこまで努力し、積み重ねてきた結果が実った瞬間なのですから、感情が爆発するのもわかります。
ただ同時に、「相手がいたからこそ、自分はここまで来られたのではないか」と。
以前、長嶋一茂さんが「ガッツポーズは胸の高さまでがいい」と話されていたことがあります。大きく手を振り上げて誇示するのではなく、胸元で拳を握りしめる。その方が、自分の中で喜びを噛みしめることができ、相手への敬意も忘れないという考え方。とても印象に残っています。
高校時代、私は空手に打ち込んでいました。その中で、勝利後に喜びすぎたことで失格になったチームを見たことがあります。武道の世界では、勝敗よりも礼や姿勢が重んじられます。相手への敬意があってこそ、本当の勝利だと教えられてきました。
また、極真空手の大会では、審判の「やめ」が聞こえなかったとしても、それは言い訳にならないという判断が下されたこともあります。技の強さよりも、心の在り方が問われる世界です。
不動産業界も、厳しい競争の世界です。正直に言えば、「あの会社がなければ、もう少し楽になるのに」と思ってしまう瞬間が、まったく無いとは言えません。しかし本当は、「あの会社があるから、私たちはもっと工夫し、努力できる」と考えたいのです。
誰かの不幸を願いながら仕事をしていては、自分たちの姿勢や品位まで曇ってしまう気がします。
完全な共存共栄ができる世界ではないかもしれません。地域を良くしたい、オーナーの大切な資産を守りたい、入居者様に安心して暮らしていただきたい。その想いは、どの会社も同じはずです。勝つことよりも、「どう在るか」を大切にしたい。相手への敬意を忘れず、自分自身を律しながら、誠実に仕事に向き合う。とはいえ、銀行が本格的に不動産業へ参入しないことは、正直なところ、少しだけ心から祈っております。