幕末の思想家・吉田松陰は、わずか29歳でこの世を去りました。短い生涯でありながら、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山県有朋など、のちの明治維新を動かす多くの人材に大きな影響を与えました。松陰というと「松下村塾の先生」という印象があります。しかし、本人の姿勢は少し違っていたようです。松陰は、塾に集まる若者たちに対して「私は先生ではない。君たちと一緒に学ぶ者だ」という態度で接したと言われています。
ここに、松陰の人材育成の本質があるように思います。
普通、教える側は「自分が上で、相手が下」となりがちです。知識を持っている人が、持っていない人に教える。経験のある人が、未熟な人を指導する。もちろん、それも大切なことです。
しかし松陰は、相手を一人の人間として見まました。身分や年齢、学力だけで判断せず、それぞれの個性や志を見ようとしたのです。松下村塾には武士だけでなく、さまざまな立場の若者が集まりました。中には、決して品行方正とは言えない者もいたと伝えられています。それでも松陰は、彼らを一律に扱うのではなく、一人ひとりに合った学びを考えました。
同じ教科書を全員に与えるのではなく、その人に合った本を選ぶ。その人の関心、その人の弱点、その人の可能性に合わせて学ばせる。これは現代で言えば、まさに個別指導であり、個性を伸ばす教育です。しかも松陰の学びは、机の上だけではありませんでした。共に語り、歩き、山に登り、水泳までも一緒に学んだと言われています。
知識だけを教えるのではなく、生き方そのものを共有したのです。人を育てるとは、命令して動かすことではありません。 相手の中にある火を見つけ、その火が消えないように寄り添うことなのだと思います。
これは、私たちの仕事にも通じます。会社経営でも、不動産管理でも、地域との関わりでも、結局は「人」がすべてです。建物を管理するにも、土地を活かすにも、入居者様やオーナー様、職人さん、社員、それぞれの力が必要です。松陰の生き方は、人を育てることの原点を、今も静かに教えてくれているように思います。